少し蒸し暑い季節だった。
兄は上半身裸になり、私はただ呆然と立ちつくしていた。
スヤスヤと眠る祖母のベッド脇に私たちはジリジリとして立ちすくんでいた。
祖母は兄が小さい時からとても可愛がっていた。
それは昔の人だからだろうか。
4歳の私を一人で寝かし、兄を自分の布団で眠らせるほどはっきりと対応は違った。
兄には高い勉強机、辞書なども買い与えた。
きっと兄は従順で優しく可愛かっただろう。
私は少し気が強かったから生意気だったのだろう。
祖母は毎日私と兄に私たちの両親の悪口を話した。
まだ小さい頃は祖母が姑から受けたしうちなどを聞かされて、憤った私は電話で文句を言おうと思ったくらい純真に話を信じていた。
きっと姑から受けたいびりは本当だったかもしれない。
兄は引っ込み思案で体もあまり丈夫でなかったり、少しいじめられたりしていたので小学校高学年から不登校気味でもあった。
そんな兄の枕元で毎日祖母は両親の悪口を聞かせていた。
知らぬうちに兄は親をひどく嫌い、家族旅行にさえ一緒にいかなくなった。
私も父を嫌いになった。
でも私は社交的な性格もあり、いつの間にか家にはあまりいなくなり、祖母の悪口からはかなり解放された。
しかし祖母の被害妄想や兄に対する過干渉はさらに酷さを増していった。
ある時は兄が外出し、忘れ物をとりに戻ると祖母が兄の部屋を家探しして通帳を見ているところに兄とばったり遭遇してしまった。
もちろん兄は怒ったけれど、祖母はしれっとしていた。
祖母は私がもらった手紙なども盗み見るところがあり、母に一度抗議したら「実は私も日記を読まれた」と過去の話をしてくれた。
祖母はもとから少し困った性格の持ち主であったのは間違いないと思う。
しかし、そこに認知症が混じると家族は性格だと思うので混乱してしまう。
ある日祖母はペンを握るのが疲れると言うので、私が銀行の書類に代りに受け取りのサインをした事があった。
銀行から30万引き出したのだ。
私はそのお金を触ってもいない。
しかし祖母はそのお金が無くなったと言いだし、兄に「きりんが取った」と言ったのだ。
兄は激怒しました。きりんは盗らないと。
結局そのお金は出てきたそうです。
でも兄の怒りは収まりませんでした。なぜなら祖母は私に謝らなかったからです。
兄は祖母のせいで精神をかなり病み始めていました。
しかし病んで寝込むとその枕元で悪口を言うものですから、兄はますます病んでいきました。
祖母の過干渉。
私への暴言や意地悪が進みました。
意地悪と言うのは。。。例えば私が出産間近であるにもかかわらず朝5時に部屋に訪れ「ゴミの分別が違う」と。
結局間違ってないとか。これは時間が何故5時なの?って話ですが。
他にもまさに姑みたいなんです。
食器棚の上のものの置き方がどうのとか、とにかく細かく文句を言って来ました。
そして悪口三昧。
もう家族は疲弊していました。
母は亡くなり父には祖母を養う義理はないけれど、父は黙っていました。
そんな父の悪口は私にも耐えがたいものでした。
そしてある日とうとう兄と私は「もう終わりにしよう」と話し合いました。
兄は本気だったかもしれません。
祖母が眠るベッドの横にたち。。。「きりんは何も知らない、見ないでおけ」と。
でも私はその場を立ち去ることは出来ず、立ちすくんでいました。
長い間沈黙が続き、兄はジリジリしていました。
汗がポタポタと兄の体から落ちました。
もうその時私たちは正気ではなかったのでしょう。
でもなんとか正気に戻ったのです。
「こんな事で罪を背負ってはいけない」
二人はため息をついて「やっぱりできない」と部屋を出ました。
すんでのところで正気に戻って良かった。
今なら本当にそう思います。
しかし、育児ノイローゼで子供を殺してしまった母親や、介護で疲れて殺人をしてしまった人の気持ちが痛いほどわかるのです。
私たちはわかちあう相手がいたからまだ良かった。
兄と二人。
一人で誰にも助けを求められず。。。
よく殺してしまう前に自分が去ればよいとか、SOSを出すとか言う人がいますが、追い詰められている時にそんな事考えられません。
もしくはそうなる前に相談したりSOSを出しても、どうにもならないから追いつめられるのです。
放棄できないんです。
なんとかしたいんです。色々試すんです。
でもどうにもならないんです。
これを救えるのは正直行政ではありません。
身近な人間だけなのです。
「もういいよ、やめよう」と言ってくれないと駄目なんですよ。
そしてその身近な第三者が具体的に動いてくれないとどうにもならないんです。
結局、その後祖母はケアハウスに入って貰いました。
それは私がどうしても兄を呪縛から解きたかったからです。
長くなりましたが、こんな暗い話ですみません。
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